大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)72号 判決

原告

横河電機株式会社

(旧商号 株式会社横河電機製作所)

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和49年審判第6114号事件について昭和54年3月27日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和44年5月10日、名称を「アナログ調節計」とする発明について特許出願(昭和44年特許願第35845号)をした(その特許請求の範囲第1項記載の発明を、以下「本願発明」という。)が、昭和49年5月27日拒絶査定を受けたので、同年7月30日審判を請求し、昭和49年審判第6114号事件として審理された結果、昭和54年3月27日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年4月11日に原告に送達された。

2  本願発明の要旨

演算増幅器の入力インピーダンス回路および帰還インピーダンス回路に各々コンデンサを含むアナログ調節計において、前記入力インピーダンス回路と演算増幅器との間に切替スイツチを設け、手動調節時(またはデイジタル調節時)には前記入力インピーダンス回路を演算増幅器から切離し基準電位点に接続して前記帰還インピーダンス回路の演算用コンデンサをホールド用に使用するとともに、手動調節信号(またはデイジタル調節信号)を演算増幅器に加えるようにしてなるアナログ調節計。

(別紙図面(1)参照)

3  審決の理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

そして、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、演算増幅器の帰還回路のコンデンサの電圧保持作用と、手動調節時には自動調節時の入力インピーダンス回路を基準電位点に接続することにより、手動調節と自動調節両方向の切換えをバンプレスに行える純電子的なアナログ調節計が得られる旨の記載がなされている。

これに対し昭和42年特許出願公告第25397号公報(以下「引用例」という。)には、要するに、電気化学的積分装置によつて構成される積分器の前段に自動制御用信号回路と手動制御用信号回路とを切換えるスイツチを設け、手動制動時には自動制御信号回路は積分器から切離し、その回路の積分器への入力端は基準電圧点に接続することによつて手動制御と自動制御両者の切換えをバンプレスに行えるようにした制御技術が記載されてある(別紙図面(2)参照)。

そこで、本願発明と前記引用例に記載の技術とを比較すると、本願発明では、①帰還インピーダンス回路にコンデンサを含む演算増幅器を積分器としている点 ②切換スイツチを入力インピーダンス回路と演算増幅器との間に設けている点 ③演算用コンデンサをスイツチ切換時の信号保持用として使用している点 ④アナログ調節計である点においてそれぞれ引用例に記載の技術とは相違するものと認められる。しかしながら、第①点の積分器の相違について引用例には従来用いられていた直流増幅器の出力を入力に、容量結合して得られる積分機能は増幅器に厳重な利得と安定性が要求され、かつ入力インピーダンスを充分高くして、増幅器の入力回路を帰還回路のコンデンサによる負荷低減から保護し、積分機能を害さないようにする必要があるため増幅器は複雑かつ高価となるので、積分器として電気化学的積分装置によつて構成される積分器を使用する旨の記載がなされており、単に積分器の相違は積分器の取得易さから定められたものであつて、直流増幅器の出力を入力に容量結合して得られる積分器を使用することができることは当然に考えられることにすぎない。またこの記載における増幅器は一般に演算増幅器と称される増幅器を指示していることは明らかである。そして演算増幅器は入力回路と帰還回路に用いる回路素子の組合せにより、入力、出力信号の間に種々な関数関係を満足させることができるものであり、入力信号の種類が異なることをあらかじめ予測して切替スイツチを入力インピーダンスと演算増幅器との間に設けるような第②の相違点は適宜なし得る程度のことと認められる。また第③点の相違について引用例には、制御装置の両出力端はこの切換えが行われているときは積分器の出力端に接続された状態を維持し、制御装置はこれらの動作モード間の切換時には自己同期する旨の記載がなされており、これは明らかに積分器の信号保持能力を利用しているものと認められ、積分器として帰還回路にコンデンサを設けた演算増幅器を使用する際積分機能を有するコンデンサの保持作用を利用するようなことは当然推考されることにすぎない。さらに第④点の相違についてアナログ調節計も制御装置も共に技術分野に格別な相違は認められず互いの技術を転用するようなことは普通になされる程度のことにすぎず両者の間に格別な相違は認められない。なお本願発明ではデイジタル調節することも記載されてあるが、演算増幅器とコンデンサからなる積分器を使用した場合デイジタル信号を入力として用いられ得ることは前記①②の相違点について述べた内容からみても容易に推考し得る事項と認められる。

してみると、本願発明は、引用例に記載された制御技術における積分器を単に演算増幅器によつて構成される積分器としたものにすぎず、またこのような積分器を用いるようなことは該引用例に記載された事項から容易に推考し得る程度のことにすぎないものと認められる。

したがつて、本願発明は、前記引用例に記載された事項から容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

引用例に審決認定の各記載があることは認めるが、審決は、本願発明と引用例記載のものとの構成上の本質的な相違及び作用効果の顕著な相違を看過して、本願発明と引用例記載のものとの相違点のうち、相違点①、②、③に対する判断を誤り、その結果、本願発明は引用例に記載された制御技術における積分器を単に演算増幅器によつて構成される積分器としたものにすぎず、また、このような積分器を用いるようなことは引用例に記載された事項から容易に推考し得る程度のことにすぎないものと誤つて認定、判断したものであつて違法である。以下詳述する。

1 本願発明及び引用例記載の調節計の構成及び作用効果

(1)  本願発明の構成及び作用効果

本願発明の特許請求の範囲は、

(イ) 演算増幅器の入力インピーダンス回路および帰還インピーダンス回路に各々コンデンサを含むアナログ調節計において、

(ロ) 前記入力インピーダンス回路と演算増幅器との間に切換スイツチを設け、

(ハ) 手動調節時(またはデイジタル調節時)には前記入力インピーダンス回路を演算増幅器から切離し基準電位点に接続して前記帰還インピーダンス回路の演算用コンデンサをホールド用に使用するとともに、手動調節信号(またはデイジタル調節信号)を演算増幅器に加えるようにしてなるアナログ調節計である。右のとおり、本願発明は、演算増幅器を用い、その入力インピーダンス回路と帰還インピーダンス回路にそれぞれコンデンサを有するアナログ調節計であるが、その演算方式は並列帰還形であり、演算増幅器OAに接続された入力インピーダンス回路(Zi)と帰還インピーダンス回路(Zf)とにより、Ziに加えられる入力XとOAの出力信号Yとの入出力関係はY=Zf/ZiXとなるので、Zi、Zfを選択することにより所望の動作の調節計を得る。ZiとしてコンデンサC1と抵抗Rの並列回路を用い、ZfとしてコンデンサC2を用いると、、  となり、PI演算の調節計となる(この数式においては、本願明細書の呼称にかかわらず、Ziの抵抗を「R」、Ziのコンデンサを「CI」とした。)。すなわち、本願発明においては、演算増幅器OAと入力インピーダンス回路Zi(コンデンサCIと抵抗RI)及び帰還インピーダンス回路Zf(コンデンサCM)とが一体となつて、入力電圧Eiに所望の演算(実施例ではPI演算)を施した出力電圧Eoを得るものである。右演算増幅器OAは高利得の反転増幅器で、その入力端子(1)はZfによる負帰還によつてイマジナル・シヨートになつており、常に基準電位(大地電位)に保たれている。

そして、本願発明では、演算増幅器OAの入力端子(1)が演算増幅器の原理上常に基準電位に保たれていること、及び帰還インピーダンス回路ZfのコンデンサCMに常に出力電圧が蓄えられていることに着目し、演算用コンデンサCMを手動調節時のホールド用に使用するために、本質的に分離形でない演算回路において、前記特許請求の範囲の(ロ)項のとおり切換スイツチS1を入力インピーダンス回路Ziと演算増幅器OAとの間に設け、自動調節から手動調節へ切換えた場合に、演算増幅器OAが帰還インピーダンス回路ZfのコンデンサCMと共にCMに蓄えられた電圧を出力とするホールデイングアンプとして動作するようにしたものである。

その結果、本願発明では、手動自動の切換えを常に基準電位(大地電位)となる切換点で行うことになり、入力インピーダンス回路のコンデンサCIには手動調節時でも自動調節時でも制御偏差に応じた電荷のみが蓄えられているので、手動から自動への切換後の制御に何ら影響を与えることがない。また、手動調節時には、一定の手動調節信号がホールデイングアツプに直接加えられるため、常に応答の早い正確な手動調節動作を行うことができるという本願発明特有の作用効果が得られるのである。

(2)  引用例記載の調節計の構成及び作用効果

引用例記載の調節計の演算方式は直列接続形の1つである。直列接続形は、複数の演算回路を順次直列に接続したもので、第1の演算回路を比例+微分(P+D)回路としてその伝達関数をK1(1+T1S)とし、第2の演算回路を比例+積分(P+I)回路としてその伝達関数をK2(1+1/T2S)とすれば、入出力関係は次のように表され、PID動作の調節計を実現できる。

Y=K1(1+T1S)K2(1+1/T2S)X

=K1K2α(1+T1/αS+1/αT2S)X

但し、α=(1+T1/T2)

また、この直列接続形で、第1の演算回路を微分(D)回路とすれば、その伝達関数はK1T1Sであり、第2の演算回路を積分(I)回路とすれば、その伝達関数はK21/T2Sであるので、微分回路に加えられる入力信号Xと積分回路の出力信号Yとの入出力関係は、Y=K1K2T1/T2Xとなり、比例動作のみとなる。これが引用例に従来例として述べられている、「通常プロセス制御装置には比例応答を得るために“積分によつて追従される微分”」に相当するものである。

しかも、直列接続形では第1の演算回路と第2の演算回路はそれぞれ独立に動作することができるので、演算回路として種々の回路構成のものを用いることができる特徴がある。

そして、引用例記載の調節計では、第1の演算回路として比例+微分演算のための関数発生器9と、第2の演算回路として積分演算のための積分器10とを直列接続して、入力信号につき関数発生器9でまず比例・微分の演算を行い、その演算結果を積分器10により積分することにより所望の演算を施した出力を得るもので、積分器10として電気化学的容量素子であるソリオン14と抵抗31、32が用いられている。また、手動調節信号を印加する切換スイツチ30は関数発生器9と積分器10との間に接続されている。

そして、引用例記載の調節計では、ソリオン14の入力電極19の電位が積分量に応じて変化しており、切換スイツチ30がソリオン14の入力電極19に抵抗31を介して接続されているので、切換スイツチ30によつては手動自動の切換えを常に一定の基準電位(大地電位)で行うことができない。すなわち、手動調節時には、関数発生器9のコンデンサ25の一端が接地され大地電位となつているので、コンデンサ25には制御偏差に応じた電荷のみが蓄えられており、自動調節時のように制御偏差と抵抗31の左側の電位との差に応じた電荷が蓄えられていない。このため手動調節から自動調節へ切換えると、その差に応じて制御信号とは無関係な電流がソリオンに流れる。この電流は関数発生器9のコンデンサ25に制御偏差と抵抗31の左側の電位との差に応じた電荷が蓄えられ、正常な自動調節状態に移行するまで流れ続ける。

右のように、引用例記載の調節計では、手動調節時にコンデンサ25に制御偏差に応じた電荷のみが蓄えられているため、手動調節から自動調節へ切換えたとき正常な自動調節状態への移行に時間がかかり、制御に影響を与える。そして、抵抗31の値が大きい程正常な制御動作への移行に時間がかかる。また、手動調節時の出力はソリオン14の入力電極に19に流す電流の大きさと時間に比例しているが、抵抗31があるとその大きさに応じて電流が小さくなる。したがつて、所望の出力を得るには、抵抗31がない場合に比して電流を流す時間が多くなり、応答の早い正確な手動調節を行うことが困難である。同様に自動調節時の応答特性も抵抗31の値により影響される。

(3)  右(1)、(2)において述べたとおり、本願発明と引用例記載の調節計とは、前堤とする演算方式が相違しており、本質的に分離形でない並列帰還形の演算方式を使用したアナログ調節計において、手動自動の切換スイツチを入力インピーダンス回路と演算増幅器との間に設けるという本願発明の特徴については、引用例には何ら開示されていない。また、本願発明と引用例記載の調節計とでは、作用効果上の相違があり、特に手動調節から自動調節への切換えに顕著な作用効果の違いがある。

2 相違点に対する判断の誤り

審決は、本願発明の本質的な構成を看過して本願発明と引用例記載のものとを対比し、その結果、以下述べるとおり、相違点①、②、③に対する判断を誤つたものである。

(1)  相違点①について

本願発明は、前述したように、演算増幅器の特性を利用し、演算増幅器と入力回路及び帰還回路とが一体となつて構成されているものであり、その構成は構成要素の取得易さに関係なく演算内容によつてあらかじめ定まつているものである。一方、引用例記載のものは関数発生器と積分器とを組み合せたものであり、関数発生器や積分器は取得易さを考慮して選ぶことができ、積分器として電気化学的装置であるソリオンを用いているものである。そして、ソリオンを入出力間が容量結合された直流増幅器で置換した場合でも、切換スイツチと直流増幅器の入力との間に抵抗が接続されており、本願発明とは演算方式が異なるもので、実質的に同一なものにはならない。

右のように本願発明と引用例記載のものとは、その構成に本質的な相違があり、被告が主張するように引用例記載のソリオンを使用した積分器を、入出力間が容量結合された直流増幅器(なお、審決は、右増幅器は一般に演算増幅器と称される増幅器を指示していることは明らかであるとしているが、右の点は明らかではない。)を使用した積分器に置換したとしても、その構成は本願発明と実質的に同一になるものではないので、単に積分器が相違し、その相違は積分器の取得易さから定められたものであるとする、相違点①に対する審決の判断は誤りである。

(2)  相違点②、③について

本願発明の目的は、演算内容(例えば比例、積分演算)があらかじめ定められた演算回路において、手動調節時に、その出力を手動により任意の値に変更するとともに、変更後に自動調節に切換えた場合に前記変更後の出力の値よりバンプレスに自動調節動作を開始するようにすることを目的とするものである(このように手動自動の切換えはプロセスの運転中に行われ、しかも入力信号の切換えを伴うものである。)右目的を達成するために、本願発明では、演算増幅器の入力端子が常に基準電位に保たれており、帰還回路のコンデンサに常に出力電圧が蓄えられていることに着目し、演算用コンデンサを手動調節時のホールド用に使用するために、本質的に分離形でない演算回路において、手動自動の切換スイツチを入力回路と演算増幅器との間に設け、これにより、前記1、(1)で述べたとおり、手動自動の切換えをバランスレス・バンプレスにし、かつ手動から自動への切換え後の制御に何ら影響を与えないようにしたものである。

従来の並列帰還形のアナログ調節計においては、入力回路と演算増幅器との間に切換スイツチを設け、手動自動の切換えを常に基準電位で行つてバランスレス・バンプレスにし、かつ手動から自動への切換後の制御に何ら影響を与えないような技術思想を持つたものは全くなかつた。

なお、「サーボおよび自動操縦操作」(昭和36年11月5日共立出版株式会社発行、乙第1号証)の第50頁に記載されている図1・54に示されているスイツチは、単に入力信号を演算増幅器の入力においてオンオフしているだけのものである。すなわち、右スイツチがオフになつても、入力信号は抵抗Rを介して常に出力端子に接続されたままで、入出力間は切離されることはない。したがつて、右スイツチは、本願発明における手動自動の切換えを行うためのスイツチとはその目的、構成および作用効果を全く異にするものである。

一方、引用例記載のものは、自動調節時に比例応答を得るために、積分によつて追従させる微分と呼ばれる演算方式を採用し、演算回路が関数発生器と積分器との組合せで構成されているため、その積分器の入力側に手動自動の切換スイツチを設け、積分器を自動調節時と手動調節時とに兼用させたものである。引用例記載のものが積分器の信号保持能力を利用していることは審決認定のとおりであるが、引用例記載のものにおいて積分器自体の構成は何ら変更されておらず、単に積分器の入力信号を切換えただけのものである。そして、引用例記載のものにおいては、手動自動の切換えを常に基準電位で行うことができないため、手動調節から自動調節へ切換えたとき正常な自動調節状態への移行に時間がかかり、制御に影響を与えるなど難点があることは前記1、(2)で述べたとおりである。

以上のとおりであつて、演算増幅器は入力回路と帰還回路に用いる回路素子の組合せにより、入力、出力信号の間に種々の関数関係を満足させることができるものであることは、審決認定のとおりであるが、入力信号の種類が異なることを予測して切換スイツチを入力インピーダンスと演算増幅器との間に設けることは適宜なし得る程度のことと認められるとした審決の相違点②に対する判断は誤りである。

また、本件出願前、入力回路と演算増幅器との間に切換スイツチを設けるという技術思想はなかつたのであるから、積分器として帰還回路にコンデンサを設けた演算増幅器を使用する際、積分機能を有するコンデンサの保持作用を利用することは当然推考されることにすぎないとした審決の相違点③に対する判断も誤りである。

第3被告の答弁及び主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4は争う。審決の認定、判断に誤りはなく、審決に原告主張の違法はない。

1 本願発明及び引用例記載の調節計の構成及び作用効果について

(1)  本願発明の構成及び作用効果に関する原告の主張事実(請求の原因4、1、(1))は認める。

(2)  引用例には審決認定のとおりの制御技術が記載されていることは認めるが、引用例のものの作用効果に関する原告の主張は争う。

2 相違点に対する判断について

(1)  原告は、審決は本願発明の本質的な構成を看過して本願発明と引用例記載のものとを対比している旨主張するが、引用例記載のものの技術分野は本願発明の技術分野と格別相違するものではなく、また、本願発明の目的である切換スイツチの手動自動の切換えをバンプレスにできることは、引用例記載のものの回路構成が意図している効果(引用例第4頁右欄第30ないし第41行参照)と一致するものであり、さらに、本願発明の本質的な構成要素は、演算増幅器の入力インピーダンス回路及び帰還インピーダンス回路に各々コンデンサを含み、入力インピーダンス回路と演算増幅器との間に切換スイツチを設けたことであるから、これらの構成要素に対応する引用例記載のものの構成要素は、コンデンサを含む関数発生器9及びソリオン14を使用した積分器10を置換した従来における、直流増幅器の出力を入力に容量結合した積分回路と、この関数発生器9と直流増幅器との間にモード制御スイツチ30を設けたことであると認められ、審決には、これらの構成要素に関係することが記載されているので、本願発明の本質的な構成を看過しているものではない。

(2)  引用例記載のものにおけるソリオン14を使用した積分器10を、引用例に記載されている、従来の制御装置で用いられていた直流増幅器(演算増幅器)の出力を入力に容量結合される積分回路(積分器)に置換することは可能であると認められるから、引用例記載のものにおける積分器10を直流増幅器の出力を入力に容量結合される積分回路に置換し、関数発生器9(本願発明におけるコンデンサを含む入力インピーダンス回路に相当する。)、モード制御スイツチ30(本願発明における切換スイツチ30に相当する。)を残存させると、増幅器13、入力制御回路60は不要なものとなる。そうすると、この回路構成は、本願発明における回路構成と実質的に同一になるものと認められる。そして、右のような置換可能であることを、審決では、単に積分器が相違し、その相違は積分器の取得易さから定められたものであるとしているのであつて、審決の相違点①に対する判断に誤りはない。

(3)  演算増幅器は入力回路と帰還回路に用いる回路素子の組合せにより、入力、出力信号の間に種々の関数関係を満足させるものである。このことからみれば、入力回路及び帰還回路のどちらか一方、あるいは両方の内容を変えることにより演算内容を変え得ることは自明のことであり、そのために切換スイツチを設けることは適宜なし得ることである。つまり切換スイツチを入力回路と演算増幅器との間に挿入すること自体は適宜なし得る事項である。

原告は、手動自動の切換スイツチを入力インピーダンス回路と演算増幅器との間に設けるという本願発明の特徴については、引用例に開示されておらず、当業者が容易になし得る程度のことではない旨主張するが、次に述べるとおり、原告の右主張は理由がない。

まず、本願発明における切換スイツチの機能とは相違するが、切換スイツチを入力インピーダンス回路と演算増幅器との間に設けることは当業者において熟知されていることであり、このことは、「サーボおよび自動操縦操作」(乙第1号証)の第50頁に記載されている図1・54より明らかである。そして、引用例には、比例応答を得るために、関数発生器と電気化学的積分装置を組み合わせ、関数発生器と該積分器の間に切換スイツチを設け、手動制御時には関数発生器の出力端を接地し、これにより積分器の信号保持機能と合わせて手動自動の切換時プロセス負荷に動揺を与えないものが記載されている。つまり、引用例には、出力信号を保持する機能を有する構成要素の入力側に切換スイツチを設け、手動制御時には自動制御時に使用する構成要素(関数発生器)の出力端を前記出力信号を保持する機能を有する構成要素の切換時の入力端子電位とほぼ同電位の基準電位点(接地電位)に接続し、手動自動の切換えを動揺なく行う技術思想が開示されている。

そうすると、引用例に開示されている技術思想を、前記のとおり当業者が熟知している事項の演算方式に単に適用し、切換スイツチを入力インピーダンス回路と演算増幅器との間に設けることは当業者が容易になし得る程度のものというべきである。

以上のとおりであつて、審決の相違点②に対する判断に誤りはない。

さらに、引用例記載のものにおけるソリオン14を使用した積分器10によつて構成される回路は、制御スイツチ30の切換えによつて、引用例第4頁右欄第30ないし第41行に記載されている作用効果を奏するものであり、右作用効果は積分器10の有する信号保持能力を利用しているものと認めることができる。そして、この保持能力は、本願発明における演算用コンデンサの有する機能(信号保持)と一致するものの、引用例記載のものによる信号保持能力は演算用コンデンサによるものではない。しかし、一般に演算増幅器の出力を入力に容量結合されるこの容量には、スイツチの切換えにより信号を保持する機能があることは周知(前記「サーボおよび自動操縦操作」参照)であるから、前記のようにソリオンを使用した積分器を、直流増幅器の出力を入力に容量結合した積分器に置換した場合、この容量は本願発明におけると同様の信号保持の機能を有しているものである。

審決では、右周知であることを特に明記しないで、積分器として帰還回路にコンデンサを設けた演算増幅器を使用する際積分機能を有するコンデンサの保持作用を利用するようなことは当然推考されることにすぎないとしているものであつて、審決の相違点③に対する判断にも誤りはない。

(4)  以上のとおりであつて、引用例記載のものにおけるソリオン14を使用した積分器10による回路構成は、本願発明における回路構成と相違することは認めるが、本願発明の構成は、引用例記載のものにおけるソリオン14を使用した積分器10を直流増幅器の出力を入力に容量結合される積分回路に置換したときの構成と実質的に同一になるものと認められ、本願発明の作用効果も右構成によつて予測し得る自明の作用効果にすぎないものと認められる。したがつて、本願発明は、引用例に記載された制御技術におけるソリオンを使用した積分器を、単に演算増幅器によつて構成される積分器としたにすぎず、また、このような積分器を用いるようなことは引用例に記載された事項から容易に推考し得る程度のことにすぎないものとした審決の認定、判断に誤りはない。

第4証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について検討する。

1 本願発明と引用例記載のものの構成及び作用効果

原告は、審決が本願発明と引用例記載のものとの構成上の本質的な相違及び作用効果の顕著な相違を看過したため、相違点①、②、③に対する判断を誤つたと主張するので、右主張の当否を審究するに必要な限度で本願発明と引用例記載のものの構成及び作用効果を検討する。

前示本願発明の要旨及び当事者間に争いのない請求の原因4、1、(1)記載の事実より明らかなとおり、本願発明は、演算増幅器を用いその入力インピーダンス回路と帰還インピーダンス回路にそれぞれコンデンサを有する並列帰還形の演算方式のアナログ調節計に関するものであり、演算増幅器と入力インピーダンス回路及び帰還インピーダンス回路とが一体となつて、入力信号に所望の演算を施して出力信号を得るもので、演算を個々に分離して行うものではない。そして、本願発明は、このように本質的に分離形でない並列帰還形の演算方式を使用したアナログ調節計において、手動自動の切換スイツチを入力インピーダンス回路と演算増幅器との間に設けて、手動自動の切換えを常に基準電位で行うことを特徴としたものである。本願発明は、右のような構成を採用したことにより、入力インピーダンス回路のコンデンサには手動調節時でも自動調節時でも制御偏差に応じた電荷のみが蓄えられているので、手動から自動への切換後の制御に何ら影響を与えることがなく、また、手動自動の切換スイツチと演算増幅器との間に抵抗が接続されていないので、常に応答の早い正確な手動調節動作を行うことができるという作用効果を奏するものである。

一方、引用例に、審決認定のとおり、「電気化学的積分装置によつて構成される積分器の前段に自動制御用信号回路と手動制御用信号回路とを切換えるスイツチを設け、手動制御時には自動制御信号回路は積分器から切離し、その回路の積分器への入力端は基準電圧点に接続することによつて手動制御と自動制御両者の切換えをバンプレスに行えるようにした制御技術」が記載されていることは、当事者間に争いがない。

ところで、成立に争いのない甲第3号証(昭和42年特許出願公告第25397号公報)によれば、引用例記載のプロセス制御装置は、関数発生器9、電気的読みとり積分器10、送信器11、設定電流源12、増幅器13等から成り、入力信号(誤差信号)を「積分によつて追従される微分」(「微分関数発生回路に入力誤差信号を与え、かつこれから得られる信号を積分回路の入力に与える」技術を意味する。引用例第1頁左欄下から第18行ないし第14行参照。)によつて比例制御し、これを負荷に加えて、入力信号(誤差信号)が零になるように制御するようにしたものであるが、「従来の制御装置で通常用いられていた積分回路はむしろ精巧で高価な直流増幅器であつて、出力を入力に容量結合することによつて積分機能を達成している。これらの増幅器は厳重な利得と安定性が要求され、かつ入力インピーダンスを充分高くして、増幅器の入力回路を帰還回路のコンデンサによる負荷低減から保護し、積分機能を害さないようにする必要があるため必然的に高価になる。(中略)現在用いられている通常の形の増幅器はチヨツパ、このチヨツパに後続する数段の交流増幅器、復調器、必要な帰還電圧を発生する直流増幅器、第2のチヨツパおよび帰還回路からの直流出力を絶縁するための復調器から構成されている。さらにチヨツパの周波数源とこのような系のためのすべての付属電源が必要である。このような増幅器は高価でかつ複雑になることは明らかである。」(引用例第1頁左欄下から第11行ないし右欄第9行)という理由から、引用例記載のものにおいては、従来積分回路として用いられていた直流増幅器に代えて、ソリオン(SOLiOn)として知られる電気化学的装置が用いられ、積分器10は積分機能を達成するソリオン14と、ソリオン14の入力回路に供給される電流を制限するための抵抗31によつて構成されていること、そして、関数発生器9は微分機能を有するものであり、これが積分器10と直列に接続されることにによつて、入力信号は、まず関数発生器9によつて微分演算され、続いて積分器10によつて積分演算されることにより、比例演算された出力が得られるものであることが認められる。

2 相違点①に対する判断について

右のとおり、引用例記載のものは、その従来例の制御装置における出力を入力に容量結合することによつて積分機能を達成する直流増幅器に代えて、ソリオンを用いたものであるから、逆にソリオンに代えて、右のような直流増幅器を用いること自体は当業者にとつて容易に想到し得ることと認められるが、右直流増幅器に単に容量(コンデンサ)を並列接続しただけでは積分機能を達成できるわけではなく、これに直列に抵抗を接続する必要があることは技術的に自明のことであるから、右構成によりもたらされる積分器は、抵抗と、容量を並列接続した直流増幅器とを直列接続したものから成ることになる。

そうすると、仮に、引用例において従来の制御装置で用いられていたと記載している直流増幅器が、審決のいうように、一般に演算増幅器と称される増幅器を指示しているものであるとしても、前記構成の積分器は、審決が本願発明と引用例記載のものとの相違点①として挙示する、本願発明における「帰還インピーダンス回路にコンデンサを含む演算増幅器」とはその構成を異にするものであるにもかかわらず、審決は、この点について論究することなく、相違点①について、「単に積分器の相違は積分器の取得易さから定められたものであつて、直流増幅器の出力を入力に容量結合して得られる積分器を使用することができることは当然に考えられることにすぎない。」とした判断は誤つているものというべきである。

被告は、被告の答弁及び主張2、2、(1)掲記の理由をもつて、審決は、本願発明と引用例記載のものとを対比するに当たり、本願発明の本質的な構成を看過していない旨主張するが、右主張が理由のないことは前1項において説示したところから明らかである。

また、被告は、引用例記載のものにおけるソリオン14を使用した積分器10を、引用例に記載されている、従来の制御装置で用いられていた直流増幅器の出力を入力に容量結合される積分回路(積分器)に置換することは可能であると認められるから、引用例記載のものにおける積分器10を直流増幅器の出力を入力に容量結合される積分回路に置換し、関数発生器9、モード制御スイツチ30を残存させると、増幅器13、入力制御回路60は不要なものとなるので、右回路構成は本願発明の回路構成と実質的に同一になるものと認められる旨主張する。しかしながら、右両者の回路構成が一見類似しているとしても、本願発明に係る調節計は、演算増幅器の入力インピーダンス回路及び帰還インピーダンス回路に各々コンデンサを有する並列帰還形の演算方式のアナログ調節計であるのに対して、引用例記載のものは、積分器を演算増幅器によつて構成されるものに置換したとしても、微分回路と積分回路とを直列接続した調節計であることに変りはなく、両者の演算方式は相違しているものであつて、この点を看過している被告の右主張は理由がないものというべきである。

3  相違点②、③に対する判断について

演算増幅器は入力回路と帰還回路に用いる回路素子の組合せにより、入力、出力信号の間に種々の関数関係を満足させることができるものであることは当事者間に争いがないが、右のような技術手段が存するからといつて直ちに、入力信号の種類が異なることを予測して切換スイツチを入力インピーダンス回路と演算増幅器との間に設けることが適宜なし得る程度のこととは認められず、アナログ調節計において、切換スイツチを右のように設けることが本件出願前普通に行われていたものであることを認むべき証拠もない。

被告は、「サーボおよび自動操縦操作」(昭和36年11月5日共立出版株式会社発行、成立に争いのない乙第1号証)の第50頁に記載されている図1・54によつても、切換スイツチを入力インピーダンス回路と演算増幅器との間に設けることが当業者において熟知されていることは明らかであり、引用例には、出力信号を保持する機能を有する構成要素の入力側に切換スイツチを設け、手動制御時には自動制御時に使用する構成要素(関数発生器)の出力端を前記出力信号を保持する機能を有する構成要素の切換時の入力端子電位とほぼ同電位の基準電位点(接地電位)に接続し、手動自動の切換えを動揺なく行う技術思想が開示されているのであるから、引用例に開示されている右技術思想を、前記のとおり当業者が熟知している事項の演算方式に単に適用し、切換スイツチを入力インピーダンス回路と演算増幅器との間に設けることは当業者が容易になし得る程度のことである旨主張する。

しかしながら、右図1・54に示されているものは、サンプリング回路であつて、右回路において、接点(スイツチ)は入力インピーダンス回路と直流演算増幅器との間に設けられているが、右接点と直流演算増幅器とには並列に抵抗が接続されており、したがつて、右スイツチは、本願発明における切換スイツチとはその機能を異にするものであると認められるから、引用例に開示されている技術思想を図1・54に示されているものに適用しても、本願発明におけるような構成及び機能を有する切換スイツチが得られるものでないものというべく、被告の右主張は採用できない。

なお、本願発明は帰還回路のコンデンサを手動調節時のホールド用(信号保持用)として使用しているが、引用例記載のものも積分器の信号保持能力を利用しているものであることは当事者間に争いがない(なお、引用例記載のものにおいて、信号はソリオン14に並列接続された容量に保持されることは当然のことと認められる。)から、右の点においては、本願発明と引用例記載のものとの間に差異はなく、したがつて、相違点③について、積分器として帰還回路にコンデンサを設けた演算増幅器を使用する際積分機能を有するコンデンサの保持作用を利用するようなことは当然推考されることにすぎないとした審決の判断に誤りはないものというべきである。

以上のとおり、審決は、本願発明と引用例記載のものとの構成上の本質的な相違及び作用効果の顕著な相違を看過して、本願発明と引用例記載のものとの相違点①、②に対する判断を誤つたものであり、したがつて、本願発明は、引用例に記載された制御技術における積分器を単に演算増幅器によつて構成される積分器としたものにすぎず、また、このような積分器を用いることは引用例に記載された事項から容易に推考し得る程度のことにすぎないものとした審決の認定、判断も誤つているものといわざるを得ず、審決は違法として取消しを免れない。

3  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(蕪山嚴 竹田稔 濱崎浩一)

〈以下省略〉

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